06


「会長、真山組の制圧が完了したと今しがた報告が。資金源の方も押さえたそうです」

いつからいたのか唐澤が常と変わらぬ涼しい顔で猛に声をかけた。

「分かった。すぐ行く」

唐澤から報告を受けた猛の表情が、周りの空気がピンと張り詰めたものに変わった。冷たい、底の見えない真っ黒な沼を覗き込んだようなゾッとする感覚。ヒヤリと背筋が凍る。

組長の顔をした猛を見るのはこれが初めてでは無いが、その空気に冷や汗が伝う。族とは違う、恐ろしさ。

黙り込んだ俺から腕が離され、小さくほっと息を吐いた。

しかし何を思ったのか、離れていったと思った手が俺の顎を掴み、上向けさせた。

「医者を家に呼んでおく。大人しくソイツに怪我を見て貰え。いいな」

「っ!?」

掠めるように唇を重ねられ、ギラギラと隠しきれない本性が滲む精悍な顔が離れていく。

「上総。拓磨をマンションまで連れて行け」

「はい」

上総が頷いたのを確認し、猛は唐澤と真山、数名の部下を引き連れて部屋を出て行った。

「…な、にするんだアイツは」

ゴシッと唇を腕で拭い、猛の出て行った扉を睨み付けた。

「行きましょう、拓磨さん」

それもすぐ上総の穏やかな声によって無駄なことだったと我に返り、止めた。

余談だが俺が捕まっていたホテルは真山組の所有物件だったらしい。








マンションへと帰ると、エントランスで真っ白な包帯を頭に巻いた日向と眼鏡をかけ、白衣を着た青年と遭遇した。

「三輪」

上総は日向を無視して白衣を着た青年に会釈をする。

「上総。それで怪我を診て欲しいのは彼ですか?」

三輪と呼ばれた奴の視線が俺に向けられる。

「あぁ、でもその前に上がろう。会長から許可は降りてる」

振動音静かなエレベーターに乗り、最上階を押した。

その間、日向が何か言いたそうに俺を見ていたが無視した。

リビングのソファーに座るよう促され、三輪とかいう医者に問診される。

「右腕、たぶん罅入ってる」

「右腕ね…。あ〜、これは。拓磨って言ったけ?君、相当我慢強いね。痛かったでしょうこれ」

赤く腫れて、熱を持ってる右腕に三輪がそっと触れる。

「いっ――!?」

それだけのことで凄まじい痛みが右腕を襲った。痛みに慣れているとはいえ痛い。

テキパキと処置していく三輪を俺は時折唇を噛み締め、眺めていた。

「そんなに酷いのか?」

キッチンで人数分の紅茶を淹れた上総がトレイを持ってリビングに戻ってくる。

「切り傷に打撲、右腕は骨に罅が入ってるし全治約一ヶ月ってところかな」

「そうか」

上総は少し瞼を伏せて俺を見た。

「何だ?」

その視線に眉を寄せ、訝しげに上総を見やる。

「いや。すまなかった。守ると言っておきながら一般人であるお前を巻き込み、怪我まで追わせてしまった」

「悪い。全部俺の責任だ」

上総に続き、日向も謝罪の言葉を口にした。

それを俺は切って捨てた。

「謝罪したとこで怪我が治ると思ってんのか?自己満足の言葉なんか誰も聞きたくねぇよ」

「それは…」

言葉に詰まる二人に、馬鹿馬鹿しい、と吐き捨て熱の籠らない視線を投げた。

その様子に、三輪は医療道具を鞄にしまい立ち上がるとクスクスと笑った。

「氷堂組の幹部と恐れられる君達が年下相手にぐぅの根も出ないとはね。僕も気に入ったよ拓磨。また何かあれば呼んで。飛んでくるから」

病院の名前が入った名刺を渡され、三輪は仕事があるからと言って玄関へ向かう。

「おい待て三輪!俺は別に…」

「うるさいよ日向。その口縫い付けて欲しいのかな?」

その後を日向が弁解するように追い、返り討ちに合っていた。

上総はため息を吐き、本当にすまなかったともう一度謝罪の言葉を口する。

「もういい。悪いと思うならアイツを連れてさっさと帰れ」

俺は疲れてるんだ。早く休みたい。

「分かった」

大人しく上総は頷き、玄関で騒ぐ日向に声をかける。

声をかけられた日向はこちらを振り返り、上総に止められるのを振り切り俺の前に立った。

「まだ何かあるのか?」

感情を含まない冷淡な声で聞いてやる。

「あ〜、その。お前のバイク、駄目になっちゃって。貰い物だって言ってただろ?同じ物でよければ俺が…」

「いらねぇ。それに、…アレと同じ物なんてもうこの世に存在しねぇ」

バイクをくれたあの人はもういない。忘れるにはちょうどいい機会だ。

意味が分からないと日向は首を傾げる。

「存在しないって、まだ生産販売してるだろ?」

「とにかくいらねぇよ」

俺はそこで話を強制的に終了させた。



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